まぬけな医学生のころの小話

かつて僕は、トレンディードラマに登場するようなかっこいい医学生ではなかった。毎日同じようなTシャツにジーパン、頭ぼさぼさ、慢性的な寝不足で目蓋は半開き、かなりかっこ悪かったかもしれない。愛車はポエルシェ、ではなく、商店街のくじで当たった自転車、さらに、商店街に面する安アパートは荒れ放題、散乱した教科書の狭間には、液状化したバナナがトロピカルな腐臭を放ったりしていた。そんなさえない僕が、医学書に載っていない現象を大発見した。

 

 ある日、左の頬に、湿疹が出現。毛包一致性の丘疹、膿疱が多発、集簇し、一部痛みを伴う部分もあった。”尋常性座瘡”いわゆる、ニキビだ。青春のシンボルと診断、経過観察とし、自然軽快。しかし、数日して、反対の右側の頬に、同様の多発ニキビが出現した。これも、経過観察、軽快した。ところが、またまた数日して、また逆サイドの右頬に、同様のニキビが・・・!5回ほど同様の症状を繰り返すうちに、やや不安になってきた。

 

“ 本当にニキビなのであろうか?? ”

 

買ったばかりの皮膚科の教科書をずいぶんめくってもみたが、やはりニキビ以外の何物でもなさそうだった。日を追うごとに頬のニキビは、こめかみや顎まで進展、数日で改善するものの、1回1回の症状は悪化していった。

では、なぜ、左右の頬に交代性にニキビが発症するのであろうか?体質的な変化なら、左右同じように湿疹ができると教科書で読んだ。そこで、検討を重ねるうちにある事に気づいた。

右を向いて寝た日には右の頬に、左を向いて寝た日には左の頬にニキビが出来る傾向がある。すなわち、

 

“ 下にした側の頬にニキビが発生するのだ! ”

 

右を向いて寝た日には、ニキビの原因となる脂が右の顔に沈殿し、ニキビが発症するに違いない!逆も然り!さらに突っ込んで言えば、ニキビの発症分布には、重力が関係するのでは!皮膚科の授業で教授に質問してみようかな!

 

そんな大発見を彼女に得意げに話してみたところ、おもむろに彼女はため息をつき、枕カバーを洗濯し始めた。黒ずんだ枕はせっけんの香りのするそれに生まれ変わり、以後頬のニキビが出現することはなくなった・・・

             清潔は・・・大事だ・・・